絵本ランキング1位『ちくちくとふわふわ』著者インタビュー
“自分”の欲しいを“誰か”の欲しいへ
「ちくちく言葉」と「ふわふわ言葉」を題材にした、なないろさんの作品、『ちくちくとふわふわ』。その評判は口コミで広まり、Amazonランキングでも1位を獲得するなど、現在も売れ続けているベストセラー作品です。そんななないろさんが、この作品を手掛けたのは、「自分以外にも欲しいと思っている人がきっといるから」でした。インタビューを通じて、その真意について探っていきます。
絵本に囲まれて育ち、児童書に親しんだ学生時代
― なないろさんは、なぜ、絵本を描こうと思ったのですか?
なないろ:小さい頃から絵本がいっぱいある環境で育ちました。もちろん両親が私に読んでくれたものも多いのですが、年の離れた妹や弟への読み聞かせを一緒に聞いていた記憶もあります。
学生時代には、児童文学について学んだり、本屋さんの児童書コーナーに何時間もいたりしました。児童書の出版社に就職したいと考えたこともあります。ですが、児童書の出版社はほとんど新卒を採用していませんでした。
― それで、一般企業に就職されたのですか?
なないろ:そうですね。「新卒採用予定なし」というところが多いなか、内定をいただいたのが乳幼児から小中高生にむけ、教育玩具や教材をつくっている会社でした。そこで、入社当初は中学生向け、続いて小学生向けのコンテンツ制作やサービスを担当しました。「もっと小さい子を対象に仕事をしたい」という希望もありましたが、それは叶わないまま退職し、結婚、出産を経ました。
それから子育てをする中で、自分の子どもたちのために絵本を選ぶようになり、そこであらためて絵本に触れたのです。「ひらがなを教えるにはどんな絵本があるのかな?」「数字を教えるには時計の絵本がいいかな?」など、何でも絵本から入るようにしていましたね。
自分で絵本を作ろうと思いはじめたのも、この頃です。自分の子どもたちのエピソードを絵本にしたいと思いました。
― お子さんのことを絵本に?
なないろ:子どもたちが大人になったり親になったりしたときに、アルバムを見ながら昔ばなしをしたりしますよね。そういうときに、写真や動画ではなく、絵本で伝えられたらと思うシーンがたくさんあって。それで、自分で絵本を作ってみたいと思うようになりました。幼少期のほほえましいエピソードとして、絵本にして残しておきたいと。
自分以外にもこの作品を求めている人がいるはず
― 著者として絵本を描くという発想は、後から出てきたものなんですね。
なないろ:そうですね。絵本の学校の教室で「商業出版をしたいですか?」「自費出版をしたいですか?」みたいな質問を受けたときも、最後まで「自費出版で」と言っていた記憶があります。職業にしたいわけでも、利益を得たいわけでもなく、ただ形にしたいと思っていたからです。少なくともプロになることは考えていませんでした。
― プロになるために頑張る人も多い中で、珍しいですよね。
なないろ:それまで私がつくりたいと考えていた絵本は、ほかの誰かに向けたものではなく、自分と家族の記録みたいな位置づけでしたから。ただ、絵本の学校の卒業制作として、実際に絵本をつくるときには「家族以外にも欲しいと思う人がいるはず」と、確信できる題材を選びました。私自身が欲しいと思っていた絵本、それが『ちくちくとふわふわ(略称:ちくふわ)』です。
もともと私が、「ふわふわことば」「ちくちくことば」という考え方を知ったとき、子ども向けの絵本を探しました。自分の子どもたちに伝えるためです。けれど、絵本は見つけられませんでした。道徳の教科書で扱われていると聞いて、取り寄せたりもしましたが、まだ子どもが幼かったこともあり、「これじゃない」と思っていましたね。
そういう経緯があって、せっかく人目にふれる絵本をつくるなら、『ちくふわ』がいいと思ったんです。
― 他にも候補があったんですか?
なないろ:あとは、息子が小さいときに、スクールバスに乗って学校に行くのがどのくらい大変だったかとか、娘が自転車に乗れるようになるまでのこと、彼女がどれだけ自転車を大事にしていたか、などでしょうか。どれも外向きではありませんね。
それらは、私たち家族が懐かしむことはできますが、他人が読んで面白いものではないと思います。だったら、みんなが読みたいと思うものを、一度、かたちにしようと考えました。
― それで学校の卒業制作にする題材は、『ちくふわ』にしたんですね。
「みんなちがってみんないい」
― 「絵本の学校(ウーマンクリエイターズカレッジ)」に入ってみていかがでしたか?
なないろ:本当に楽しかったです。苦手な課題も、大変なことも、あったはずだと思いますが、今思い出すのは楽しかったことばかりです。私は5期生ですが、先生方や同期生など、人にも恵まれました。
印象深いのは、「いつもごきげんな5期生」「みんなちがってみんないい」という、5期生の合言葉です。これらふたつの言葉を、一年を通して何度も繰り返し使っていました。それぞれに得意や不得意があること。それぞれの事情や時間の都合があること。そういうことを当たり前に尊重し合い、励まし合う関係がとても素晴らしかったです。学校のルール(みんなの約束ごと)も心地よいものでしたし、絵本好きな人に悪い人はいませんよね。絵本の学校の教室は、“ふわふわ”にあふれた空間でした。
― ありがとうございます。もともと小中学生向けにコンテンツをつくる経験があったかと思うのですが、あえて学校に入ったのはなぜですか?
なないろ:インターネットで学校の広告を目にしたことき「私、絶対にここが好き!」と思ったんです。
それから、「今なら4月開講に間に合います」という急かすような広告も見て。夫の仕事上、海外に転居する可能性もあり、「このタイミングを逃したらチャンスが来ないかも」と思いました。翌日の朝、「今から説明会に行ってもいいですか?」と問い合わせたんです。
話を聞いて、その場で入学を決めてしまいました。入学してみたら周りがプロを目指している人ばかりだったので、かなりビビりましたね。「しまった!」と。
― その「しまった!」は、草野球をやろうと思っていたのに、入ってみたらプロ野球チームだったみたいなことでしょうか?
なないろ:そんな感じです。でも実際に授業がはじまると、ただただ楽しかったように記憶しています。目指しているところは異なっていても、「私が楽しめるならそれでいっか」と思いながら受講し、プロを目指している同期の足を引っ張らないように心がけていました。
口コミで広がり、多くの人に愛される作品へ
― 『ちくふわ』を卒業制作としてつくったとき、その作品の商業出版を目指そうと思いましたか?
なないろ:もちろん出版されたらいいと思ったし、欲しい人は必ずいると思っていました。ただ、変に業界事情をかじってもいたので、頑張ればどうにかなるとも考えていませんでしたね。何かしらのきっかけがあって、「出してもらえる日が来ればいいな」「きっと探している人もいるだろうな」という感じです。
絵本の学校の卒展でお披露目して、それ以降も、小さな絵本をつくって、周囲の人に買っていただいたり、プレゼントしていました。それで十分と思っていたので、出版に対して焦ったり動いたりということはなかったですね。
― 出版のきっかけは何だったのでしょうか?
なないろ:学校で「キャラクター絵本出版大賞」のプレ募集がありまして、そこで表彰されたのがきっかけです。それから商業出版が決まり、本当に嬉しかったです。かたちになってよかったですし、たくさんの人に届けられることが嬉しかったですね。
― ずっと売れ続けている作品ですよね。メディアに出て急激に伸びる作品もありますが、そうではなく、むしろ大きな波がないまま売れ続けているベストセラーです。
なないろ:なだらかに伸びている感じで。純粋にうれしいですね。保育士さんや特別支援学級の先生など、小さいお子さんを相手にお仕事をされている方が買ってくれていて、そこから口コミも広がっているようです。本当にありがたいです。
― 出版が決まってからは、スムーズに進んだのですか?
なないろ:絵をきちんと習ったこともなく、自分としても理想には届いていないのですが、出版が決まってから、かなり描き直しました。それでもAmazonのレビューなどを見ると「絵が気に入らない」などのご指摘もいただき、身の引き締まる思いです。一方で、内容を評価していただくお声もたくさんいただきます。多くの人に手にとっていただき、愛されていると思うと、出版して本当に良かったです。皆さんのおかげです。
― 現在の心境についていかがでしょうか?
なないろ:本当に感謝しかありません。いい仲間に出会えて、いい経験をさせてもらい、もちろん出版していただいたこともそうです。残念ながらコロナでイベントなどはできていませんが、それでも口コミで広がってくれていることもありがたい。読んでくれている人がいて、オススメしてくれる人がいて、また新しい読者さんが増えてくれる。この状況に、心から感謝しています。
― Amazonランキングでも1位になりました。
なないろ:ありがとうございます。正直かなり驚きましたが、同時にとてもうれしく、何度も確認してしまいました。私自身ずっと絵本が大好きで、何かを伝えたいときに絵本を活用してきましたし、絵本のチカラを信じています。『ちくちくとふわふわ』が、どこかで誰かのお役に立っているなら、本当にうれしいです。
― 最後に、今後の展望についても教えてください。
なないろ:実は、『ちくふわ』には続編があります。まだ一部の人にしか渡っていないので、機会があれば、より多くの人に届けたいです。
『ちくふわ』のキャラクターが好きと言ってくれる人も多いので、グッズ化したり、カードやシールをつくるのもいいと思います。言葉あつめをして遊んだり、授業で使ったりもできますし。
それから、読み聞かせをすたるめに「大型本をつくってほしい」と言われることも多いので、紙芝居やエプロンシアターなども含めて、別のスタイルで表現するのも面白いと思います。
― 『ちくふわ』の世界がいろいろなかたちで広がっていくといいですね。本日はありがとうございました。
なないろ
国籍ミックスのふたりの子の母。
幼少期を海外で過ごした子どもたちに日本語、季節の行事や文化の違いなどを教えるため、しばしば絵本のチカラを借りる。
本作は、思ったことをストレートに口に出しすぎる長男と負けん気の強い長女との争いに頭を悩ませる日々から生まれた。同じ絵本の原作(英語)と日本語訳の2冊を買い求めた経験から本作は、両方を1冊にまとめたバイリンガル絵本に。
* 書籍情報 *
商品名: ちくちくとふわふわ
著者: なないろ(絵と文)/ 松本えつを(監修)
単行本: ハードカバー/32ページ/本文サイズ200×200mm
出版社: CHICORA BOOKS(ちこらブックス) (2019/02/07)
言語: 日本語/英語(併記)
* この商品はAmazonでもご購入いただけます。