叱咤され続けた作品が世に出た瞬間

茨城県から片道3時間かけて通学した

親しい友達が亡くなったとき「なんで自分は生きているんだろう?」と自分が生きてる意味を初めて深く考えた

もともとのわたしは、パートをして、絵本のコンクールに作品応募しても入選できない時期が続いていたので、何者にも成れていない自分が嫌でした。
おばあちゃんになるまでに一冊絵本を出せたらと思っていたけれど、欲が出てしまって、「今」自分の絵本を上梓したいとウーマンクリエイターズカレッジ「絵本の学校」に入学しました。

趣味で絵本つくりましょうというスクールは、選択から外していたので、学校の選択に迷いはありませんでした。
「プロになれるところ」という視点で学校を探して決めました。

学校に入って苦労したことは登下校です。
わたしは茨城県から片道3時間かけて通っていたので、教室を夕方5時には出なきゃいけなかった。
創作が波に乗っているときや、仲間と展示の打ち合わせをしているときなど、本当はもっと教室にいたいのに、帰らなければならなかったことが、一番つらかったですね。

叱咤され続けた作品が世に出た瞬間

今回出版された『ポストのポス』は学校に入学する前に描いたものでしたが、その作品はわたしの中では10年間にわたり、周囲から否定され続けてきた作品でした。

それまでは叱咤されてばっかりだったような記憶があります。

講演や美術館に個展でいらした作家さんにアドバイス頂く機会を得た時もコテンパンに言われましたし、コンクールに応募しても受賞できなかった。

でも、「絵本の学校」に入学してからたくさん褒めてもらって、作品をさらによくするためのアドバイスをいただきました。
それでも学校を卒業してすぐに出版される機会が来るとは思ってなかったので、商業出版化が決まったことは、本当に運がよかったと思っています。
一度無理だと言われた作品もあきらめなくて良かったと思ってます。

無理だと思ったらそこで終わりだったはず。
「めんどうくさい、もう辞めよう」と思ったら終われたと思います。
でも、自分の中でどこか自分の作品の可能性を信じてました。

入学して数か月は騙されてると疑っていました

これまで絵本の自費出版の誘いを多く受けてきた経験があり、入学したときも、みんながあまりにも親切で優しかったので「ひとり茨城からでてきたカモを見つけてわたしを騙してるんだ」と本気で思ってました。
自己防衛のために、割引のかかる支払い方法ではなく、あえて割引のかからない毎月払う方法を選択しました。
さらに、いつでも辞められる準備をしていました(笑)。でも、やめずに卒業できました。

その過程の中で、多くの友達と呼べる存在ができました。
大人になってこんなに友達ができると思ってませんでした。ママ友とは子どものママとしてお話しするし、パート先の友人も職場だけですし。
同じ方向を目指して切磋琢磨していく仲間に出会えたことは本当に宝物だと思います。
作品を褒めてくれるし(笑)、みんな同じ方向を向いているので一緒に頑張れたような気がします。

今後は海外進出

ちょうど今、海外からオファーが来ているので、海外進出することが直近の目標です。
また出身地の熊本で、多くの人に助けられて、大きめの書店さんで個展を開催できることが決まりました。

迷ってるんだったら、まずやってみるのはとても大切なコトだと思ってます。
自分が置かれている環境が100%無理だったら難しいかもしれないけど、もし1%でもできるかもしれないという状況なら、やってみるべきですね。
それこそわたしは、いつ辞めてもいいという準備をして入学したので(笑)。

今は2つ掛け持ちしていたパートも辞めて、2作目を描き終わりました。
主人は出張が多く、娘も巣立つので、わたしなりのライフスタイルをこれからつくっていきたいですね。

POSTED BY : wcc_master

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