絵本の入稿や営業流通のことまで教えてくれる学校はここしかなかった
インハウス絵本作家として活動する今、この選択は間違っていなかった
入学してちょっとしたとき、先生に言われたんです。「器用貧乏だね」って。
わたしはもともと絵本とは関係ないところにいたのですが、モノづくりをしたいなと思ってエンジニアになり、その後、目に見えるものを作りたいなと思ってWEBデザイナーになる……といった具合に、ちょっとずつ絵本に近づいていっていました。
でも、その都度、心のどこかで「今のここは最終ゴールじゃない」と思っていた気がします。
学生のころは美大に行きたいと思っていたけれど、親の判断もあって叶わなかったのですが、今は当時の自分に「(環境にかまわず、作品を)つくっちゃえばいいのに」と言いたいです。
小さい頃から成人するまでくらいの間は「試験勉強さえすれば自分の行きたいところに行ける」という人生を過ごしてきてしまったので、その分、自分自身でレールを引くのはとても大変でした。
最終的なゴールは「絵本をつくる仕事」で、いつもどこかで「ここじゃない」と感じていたわたしが、絵本の学校では自分で絵本をつくり切るチカラをつけられたのはすごく嬉しいことでした。
入学する前からいろいろな学校を比較検討
絵本をつくる方法を学ぶために、どこの学校に入るのがいいか、入学を決めるまでいろいろなところを比較検討しました。
通えるエリアのいくつもの学校の中には、絵本やイラストの評論をしてもらえるところや、ラフまでつくって採点してもらえるところはいっぱいあったのですが、「自分のチカラで絵本を仕上げてカタチにする(読み手に届ける)」までを学べるところはありませんでした。
つまり、実際に一冊の絵本を企画して、プレゼンして、描いて、インデザインでレイアウトして完全データにして入稿し、モノとしてしっかりとつくって、営業や流通の仕組みも含めて、その絵本がその先にどうなっていくかまでを教えている学校がなかったんです。
もともとデザインの仕事をしているときに「人ってやっぱり目に見えるもので左右されるので、目に見えないところで空想の中であがいてもしょうがない」という持論が自分の中にあったので、だからこそ、なおのこと、目に見えて手に取って判断のできる状況までつくれる力が欲しいと思っていました。
ウーマンクリエイターズカレッジ「絵本の学校」に決めたのには、そういった理由があったのです。
また、絵本の学校で教えてくれる「HAPPY×10(ハッピー10倍)逆算法」は、自分が今まで頭で思い描いていた方法とすごく似ていて、夢を叶えるために未来から逆算してイメージすることが大事だということが間違っていないとわかり、安心して「今すべきこと」に取り組めました。
卒業制作の絵本をリメイクして1年後に商業出版化
わたしは卒業後、約1年後には商業出版にたどり着くことができました。
デビュー作は、『野心家の葡萄』(発行:ニジノ絵本屋)。
絵本の学校のストーリーづくりの授業で取り組んだ「モンタージュ法」がきっかけとなって生まれた作品です。
卒業制作で『野心家の葡萄』をいったん仕上げましたが、商業出版化にあたり、全ページを描き直し、仕様も変え、大幅にブラッシュアップしてリリースに至り、それらの現場の工程で「絵本の学校」で学んだ数々のノウハウやスキルが役立ちました。
学ぶことや、つくることは、基本的にはとても楽しいことですが、本気で突き詰めていくとその過程には苦しさもあります。
でも、それらを含めて乗り越えた先に作品が見せてくれる世界があり、言葉にしがたいほどの喜びがあります。
『野心家の葡萄』は、絵本のタイトルが気に入ってお店の名前にしたいと言ってくださる方がいらっしゃったり、「野心家の葡萄の唄」をつくってくれる方がいらっしゃったりして、産むのはつらいときはあるけど、産み落とした子どもが見させてくれる世界もあると、つくづく感じました。
ぜひ、絵本作家を志しているみなさんも、つらいことがあっても頑張っていってほしいなと思います。
わたしは、今、「インハウス絵本作家」としてニジノ絵本屋さんで絵本をつくったり、企画を考えたりする忙しい毎日を送っていますが、とてもしあわせです。
卒制がきっかけで今の自分があると思うとすごく不思議な気がします。